銀の鳳蝶

幼くして隣国の伯爵と結ばれた美しくも賢い夫人の話。良き
夫と良き家臣に恵まれて何ひとつ不自由のない暮らしを送っ
ていたが、刺激もなかった。退屈な日々を伯爵に申し出ると
意外にも旅に出るよう薦められた。伯爵夫人として、知るべ
き物事はまだまだたくさんあるという伯爵のはからいに、婦
人は感謝した。

旅先では、たくさんの冒険者からさまざまな話を耳にした。
雨風の具合で明日の生活が変わる農民の話や親のない子の
話。他国の王の暴君ぶりや裏切りの話。婦人はさまざまな物
事の見聞に夢中になり、そのまま一年が過ぎた。婦人が伯爵
に帰りを伝えるとさらにもう一年の滞在が許可された。二年
が経ち、夫人は屋敷に戻った。

屋敷に戻った夫人が目にしたのは心を無くした伯爵の姿だっ
た。屋内は荒れ、残っていたのは伯爵が目をかけていた家臣
だけだった。婦人は察した。陰で家臣が謀反を企てていたこ
と。旅に出ると夫人に勧めた伯爵が、すでに家臣の罠にはま
っていたこと。「気づかなかった貴女が悪 い の で す よ 。」

家臣は捕らえられ殺されたが伯爵は心を取り戻すことなく息
を引き取った。悲しみにくれた夫人は伯爵の亡骸を焼き、そ
の灰を白銀に溶かし込み大振りの剣に愛を遺した。刃に掘り
込まれている蝶は、夫人が伯爵への贈り物として持ち帰った
仮面を模したものであるという。