奇術師の杖

どんな魔法でも治せぬ病に伏せる幼い少女には、秘密がある。
それは夜になると窓から現れる奇術師との楽しくて特別な時間。
一振りの杖を持つ仮面の奇術師は名も明かさず声も発しない。

厳格な掟と厳しい修行で得られる魔術を奇術師は惜しげもなく
披露した。少女に輝く光の粒を散りばめたり、美声で囀る小鳥と
歌を奏で、部屋に小さな雲を生み出し光る雨降らせ虹を見せた。

けれど病は確実に少女の体を蝕む。命の灯が消えようとする夜。
姿を見せた奇術師に少女は微笑んだ。「お兄ちゃん、ありがとう」
それきり少女は冷たくなり、二度と微笑むことはなかった。

奇術師が師匠の元に戻ると、師匠は掟を破り例え肉親でも修行中に
人に姿と魔術を晒したことには触れず、勝手に持ち出した杖を譲り
渡した。奇術師はその晩、杖を握り人知れず泣いたという。