王は老いていた。精悍だった眼差しからは光が失われ、逞しい体は見るも無惨に弛みきっている。
そして、老いるに従って身につけた虚栄や恐怖が、王の心を醜く蝕んでいた。
王は怖かった。だから守るべき領土を失わないように周辺諸国への侵略を繰り返した。
王は怖かった。国民の声も家臣の言う事も信用ならなかった。だから暴力と圧政で全てを奪い取ろうとした。
王に忠誠を尽くす竜が居る。
翼の無い竜は王の言う事なら何でも従った。彼は王に救われた恩義が故に、魂で報いる事を誓ったのだ。たとえそれが目に余る愚行でも、王の口から命じられたのであれば従った。竜にとって王は正義そのものだった。
ある日、竜が血まみれで王に謁見を申し出る。その血は幼い王子を暗殺した返り血だった。暗殺を命じたのは他ならぬ父王。竜は澱んだ目で王に願い出る。
貴公の命には逆らう訳にはいかない。だが、貴公の命に従う事ももう出来ない。殺してくれ。
そう言うと竜は力なくうなだれた。
それは昔話。数百年前に滅びた国の愚かな王と
翼の無い竜の物語。
草原には今も風が吹いていた。
王と竜が誓いを交わしたあの日と変わらず、風が吹いていた。