遙か東の国の都に歌を詠むことで生計を立てている歌人がいた。し
かし彼の歌は人々の心に届かず金にはならない。日々の生活は苦し
くなるばかりだった。
己が才の限界を感じた男はやがて筆を折り、畑を耕すようになって
いった。真っ白だった肌は日に焼けて黒くなり、華奢だったその身体
は力仕事で逞しくなってゆく。
やがて男は妻を娶る。気立ての優しい穏やかな妻だった。数年後に
は子宝にも恵まれた。平和な日々が通りすぎてゆく。男は知った。こ
れ以上の幸せは無いと。
そこまで書くと歌人は筆を置き紙を飲み込んだ。才は要らない、次
はこの様な人生を歩みたいと願いを込めて。そして自分のモノでは
ない血で汚れた信義を自らの胸に深く沈めた。