東の果ての都に高名な歌人がいた。
けれど歌人の才は、晩年には一首の歌すら詠めぬ程に枯れ果ててしまう。
落ちぶれて嘆く歌人に、いつの間にやら傍に佇んでいた僧がそっと一振りの刀を握らせ語りかけた。
「この刀で一人殺せば一首、二人殺せば二首、この世に二つとあらぬ程素晴らしい歌が詠めましょう」
僧の言葉に縋りつくようにして、歌人は夜の闇にまぎれ路傍の男を斬り捨てた。
すると翌日歌人は素晴らしい歌を詠み、再び名声と栄華を手に入れた。
それからも歌人は一人殺して一首詠み、二人殺して二首詠んでは、目も眩む程の富と名声を手に入れ続ける。
ところがある時、大切な者を殺せばどんなに素晴らしい歌を詠めるのか、という欲求を抑えきれなくなった。
そして歌人はとうとう自らの妻を殺して一首詠み、子らを殺して子の人数分歌を詠み、屋敷中の者を殺して歌を詠み 歌を詠み 歌を詠み 歌が追いつかぬ程に、道行く者を殺しては歌を詠み 殺しては歌を詠み 殺して 殺して 殺して 殺し、やがて最期は歌も詠まずに自害した。
残ったのは血に濡れた刀だけだった。